2012年07月16日
第1回 天空の里で地域学を考える
大間の縁側お茶カフェといえば、オシャレな女性誌に紹介されたりテレビで取材されたりして、東京・横浜といった首都圏だけでなく遠くは九州からもはるばる旅人がやって来る、いまや話題のスポットである。「天空の癒し里」と名付けられた大間がどう人を魅きつけるのか、「たまらん」5月号で取材した。
じつは、仕事で世話になっている人のログハウスが大間にあり、かつて訪ねた経験がある。藁科川を遡り、湯ノ島温泉を過ぎたらやがて大間と、分かったつもりで軽快に車を走らせた。が、うっそうとした杉林の中、ヘアピンカーブをいくつ越えても集落の気配すらない。まだかまだかと先を急げば不安は募るばかり。道を間違えたかと疑ってみても引き返す決心はつかず、走り続けるしかない。
と、突然、目の前に大空が開け大間に到着した。「そうか、湯ノ島から横への距離はたいしたことがなくても、山を登る縦の距離が長いんだ!」。何キロ走ったかではなく、まだ山の中腹か、もう頂上に近づいたか、を目安に走れば不安にならないことを悟った。
山道の運転に自信のない人でも、大間への道は心配無用。すれ違える幅広の箇所が各所にあり、ゆっくり走れば対向車に気付くので待機できる。しかも対向車は強引な人が少なく、ほとんどが先に待機してくれる。「昼間でもライトをつけるといいよ」とログハウスの知人は教えてくれた。

天空の癒し里、大間の風景
さて、縁側お茶カフェを企画したのも「天空の癒し里」と名付けたのも小櫻義明さんという大間の人だ。地域学を提唱した元静岡大学教授で、今も県や市の行革委員を務める。
理論だけでなく実践が必要と20年近く前に大間に移り住み、大谷の静大まで通った。後には御母上や奥様の看病・介護までこの天空の里でこなしたとうかがって驚いた。
小櫻さんの家は大間の集落でも一番高いところに位置し、ツリーハウスが建つ。朝一番に、まず小櫻家のツリーハウスカフェで一服することにした。たしかにここは天空だ。周囲の山々を見下ろすと雲の上にいるような気になる。コーヒーと小櫻さんお手製のマドレーヌを楽しみながら、地域学の一端を聞く貴重な経験をした。

愛猫ふう太君と憩う小櫻義明さん

小櫻さんお手製のマドレーヌ
「静岡の中山間地も高齢化が進んで人が住まなくなってきています。でも、全国で言われる限界集落とは少し事情が違うんです。静岡では山の家々のほとんどがセカンドハウス。下に家があって、勤めに出ていて、山の暮らしが好きな年寄りが農業をしながら過ごす家として残してある。だから大きくて立派な家ではなく手頃な大きさの家なんです」
だから風景が明るくて豊かなんだと合点した。茶畑が美しく気品があるからそう感じるのかと思っていたが、住む人たちに悲壮感や絶望感がないゆえの豊かさだったのだ。
静岡は限界集落などという言葉を使わずに、こうした個性を生かし、山の暮らしを楽しみに来る場所として中山間地を活用すべきと話す小櫻さんに希望をもらった気がした。

中村あやめさんのお宅の縁側お茶カフェ

あやめさんが作ってくれたお茶請け、味噌おでんやたけのこの煮物

大間の人たちはとてもシャイ。写真は砂さんご夫妻
自己紹介が遅くなってしまったが、私は「たまらん」というヘンな名前の、静岡市を対象にした情報紙を発行している。
企業に勤めながら農業の取材などをしてきた中で、大資本や流通によって日本全国統一規格になってしまった消費文化が地方の個性を失わせていることを疑問に感じ続け、一方で静岡がいかに恵まれた豊かな地域であるかを再認識しつつも静岡の人が地元をあまりよく言わないことを残念に思ってきた。
会社を辞めた後、好きな編集の仕事をしたくて、静岡という小さな地方の小さな農家や小さな商店などを紹介する小さな新聞を作り始めた。これまで5回発行したが、あまり注目されることのなかった町の文化を継承する人々を取材してきて今、自分の地域に誇りをもって暮らすことほど幸せなことはないのではないかと実感している。
静岡を誇りに思う市民が増えることを願って、これからも地域の人情報をお届けしたいと思っている。
さて、その「たまらん」の最新号である5号に話を戻そう。
5号のトップ記事では、中心市街地を走る駿府浪漫バスが見直しになったことを取り上げ、バス路線について考えてみた。
今回は市街地のバス路線がテーマだったが、市交通政策課がいま取り組んでいるのは中山間地のバス路線をどうするかという問題だった。路線運行とオンデマンド運行の組み合わせなど検討を重ねている。公共交通を単なる赤字黒字で見るのではなく、街の人たちは山の暮らしを楽しむ場所づくりへのインフラ整備と考えるべきなのではないだろうか。
「かつては、市街地のバス路線整備の費用を山の人たちが負担してくれた時代もあった。今度は街の人が中山間地のバス路線を負担することを考えてもいいのでは…」。しずてつジャストラインの方がつぶやいた言葉が心に残った。
(平野斗紀子)
* * * * * * * * * * * *
文中で紹介したのはこちら
「大間の縁側お茶カフェ」
大間に暮らす5軒が可能な範囲で縁側を開放して、お客様にお茶とお茶請けを出して休ませてくれる。茶飲み話に花咲かせる家もあれば、どうぞごゆっくりと放っておいてくれる家もある。
お茶請けといってもおにぎりあり、おでんあり。食べ比べをしようなどと考えると食べきれないので要注意。何度も通って毎回1~2軒でゆっくりするのがよさそうだ。
営 業 日/毎月第1・第3日曜
問い合わせ/054-291-2657(小櫻義明)
じつは、仕事で世話になっている人のログハウスが大間にあり、かつて訪ねた経験がある。藁科川を遡り、湯ノ島温泉を過ぎたらやがて大間と、分かったつもりで軽快に車を走らせた。が、うっそうとした杉林の中、ヘアピンカーブをいくつ越えても集落の気配すらない。まだかまだかと先を急げば不安は募るばかり。道を間違えたかと疑ってみても引き返す決心はつかず、走り続けるしかない。
と、突然、目の前に大空が開け大間に到着した。「そうか、湯ノ島から横への距離はたいしたことがなくても、山を登る縦の距離が長いんだ!」。何キロ走ったかではなく、まだ山の中腹か、もう頂上に近づいたか、を目安に走れば不安にならないことを悟った。
山道の運転に自信のない人でも、大間への道は心配無用。すれ違える幅広の箇所が各所にあり、ゆっくり走れば対向車に気付くので待機できる。しかも対向車は強引な人が少なく、ほとんどが先に待機してくれる。「昼間でもライトをつけるといいよ」とログハウスの知人は教えてくれた。

天空の癒し里、大間の風景
さて、縁側お茶カフェを企画したのも「天空の癒し里」と名付けたのも小櫻義明さんという大間の人だ。地域学を提唱した元静岡大学教授で、今も県や市の行革委員を務める。
理論だけでなく実践が必要と20年近く前に大間に移り住み、大谷の静大まで通った。後には御母上や奥様の看病・介護までこの天空の里でこなしたとうかがって驚いた。
小櫻さんの家は大間の集落でも一番高いところに位置し、ツリーハウスが建つ。朝一番に、まず小櫻家のツリーハウスカフェで一服することにした。たしかにここは天空だ。周囲の山々を見下ろすと雲の上にいるような気になる。コーヒーと小櫻さんお手製のマドレーヌを楽しみながら、地域学の一端を聞く貴重な経験をした。

愛猫ふう太君と憩う小櫻義明さん

小櫻さんお手製のマドレーヌ
「静岡の中山間地も高齢化が進んで人が住まなくなってきています。でも、全国で言われる限界集落とは少し事情が違うんです。静岡では山の家々のほとんどがセカンドハウス。下に家があって、勤めに出ていて、山の暮らしが好きな年寄りが農業をしながら過ごす家として残してある。だから大きくて立派な家ではなく手頃な大きさの家なんです」
だから風景が明るくて豊かなんだと合点した。茶畑が美しく気品があるからそう感じるのかと思っていたが、住む人たちに悲壮感や絶望感がないゆえの豊かさだったのだ。
静岡は限界集落などという言葉を使わずに、こうした個性を生かし、山の暮らしを楽しみに来る場所として中山間地を活用すべきと話す小櫻さんに希望をもらった気がした。

中村あやめさんのお宅の縁側お茶カフェ

あやめさんが作ってくれたお茶請け、味噌おでんやたけのこの煮物

大間の人たちはとてもシャイ。写真は砂さんご夫妻
自己紹介が遅くなってしまったが、私は「たまらん」というヘンな名前の、静岡市を対象にした情報紙を発行している。
企業に勤めながら農業の取材などをしてきた中で、大資本や流通によって日本全国統一規格になってしまった消費文化が地方の個性を失わせていることを疑問に感じ続け、一方で静岡がいかに恵まれた豊かな地域であるかを再認識しつつも静岡の人が地元をあまりよく言わないことを残念に思ってきた。
会社を辞めた後、好きな編集の仕事をしたくて、静岡という小さな地方の小さな農家や小さな商店などを紹介する小さな新聞を作り始めた。これまで5回発行したが、あまり注目されることのなかった町の文化を継承する人々を取材してきて今、自分の地域に誇りをもって暮らすことほど幸せなことはないのではないかと実感している。
静岡を誇りに思う市民が増えることを願って、これからも地域の人情報をお届けしたいと思っている。
さて、その「たまらん」の最新号である5号に話を戻そう。
5号のトップ記事では、中心市街地を走る駿府浪漫バスが見直しになったことを取り上げ、バス路線について考えてみた。
今回は市街地のバス路線がテーマだったが、市交通政策課がいま取り組んでいるのは中山間地のバス路線をどうするかという問題だった。路線運行とオンデマンド運行の組み合わせなど検討を重ねている。公共交通を単なる赤字黒字で見るのではなく、街の人たちは山の暮らしを楽しむ場所づくりへのインフラ整備と考えるべきなのではないだろうか。
「かつては、市街地のバス路線整備の費用を山の人たちが負担してくれた時代もあった。今度は街の人が中山間地のバス路線を負担することを考えてもいいのでは…」。しずてつジャストラインの方がつぶやいた言葉が心に残った。
(平野斗紀子)
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文中で紹介したのはこちら
「大間の縁側お茶カフェ」
大間に暮らす5軒が可能な範囲で縁側を開放して、お客様にお茶とお茶請けを出して休ませてくれる。茶飲み話に花咲かせる家もあれば、どうぞごゆっくりと放っておいてくれる家もある。
お茶請けといってもおにぎりあり、おでんあり。食べ比べをしようなどと考えると食べきれないので要注意。何度も通って毎回1~2軒でゆっくりするのがよさそうだ。
営 業 日/毎月第1・第3日曜
問い合わせ/054-291-2657(小櫻義明)
Posted by eしずおかコラム at 12:00