2013年05月17日
第7回 心が萎えたときは水窪へ行こう
先週土曜の5月12日に「プロジェクトZ:在来の味を愉しむ会」を主催している稲垣栄洋さんに在来作物の宝庫、水窪へ連れて行ってもらった。
本来は、幻のこうぞ蕎麦を食べる会の予定だったが、コウゾの生育を見て6月1日に延期。それでも、水窪訪問を楽しみにしていた静岡市井川の小河内という集落の方々があきらめきれないと、水窪への旅は決行となり、私も便乗させてもらったのだ。
週末の土曜日に限っての雨。それも、新東名で天竜川を渡るときには豪雨でどうなることかと思ったが、水窪の山の中は霧に覆われてはいるものの雨は大したことがなくて、かえって幻想的な風景を楽しむことができた。
まず私たちが向かったのは水窪町大沢という集落だ。
JR飯田線の水窪駅前からさらに40分ほどかけて山を登ったところに位置する。新東名の浜北浜松I.C.から水窪駅前までと、水窪駅から大沢までの走行時間が同じぐらいか、もっとかかったようにも感じた。
「天空の里 大沢」と地元の方が名付けている通り、そこはまるで雲海の上に開けた桃源郷のような山里だった。
ちょうど中央に「農家民宿 ほつむら」と「昔体験ランプの家 なかや」という古いお宅が2軒並ぶ。〝ほつむら〟とはこの家の屋号で、主の藤谷幸生さんが大沢に泊まりながら農業体験ができる農家民宿に自宅を改装したものだ。お客さまに農作業をやってもらえれば大沢のお年寄りも助かる、そんな思いも込められている。

農家民宿ほつむらの囲炉裏を囲んで井川の人たちと話をする藤谷幸生さん(左写真、右側)。
古い民具をインテリア雑貨にしてしまう藤谷さんはオシャレな人に違いない
隣の「なかや」は食事ができるお休み処で、ちょっとした博物館でもある。山の暮らしに使われた古い道具や貴重な昭和の写真が多数展示され、見ているうちにどんどん時間が過ぎて行く。
「なかや」の方は別所さんという方のお宅でやはり屋号なのだが、藤谷さんが「ほつむら」と一緒に管理している。

食事処なかやの目印は木を切る大鋸

なかやは民具や写真資料を閲覧できるちょっとした博物館
「農家民宿 ほつむら」はコンドミニアム方式で、食べ物を持ち込んで自炊する宿だ。いろりを囲んでの団らんが楽しめる。
縁側に腰掛けると周辺の森林は眼下に、そして少し離れた麻布山が正面にそびえる。日常の暮らしからは想像もできない開放感だ。夜は星空が見事なのだとか。玄関の明かりの陰からでも天の川が輝いて見えたと稲垣さんが力説していた。
新東名を使えば静岡市内からでも1時間半あれば(いや、大沢まではプラス30~40分かかるが)やって来られる水窪。週末に現世から逃避したい人にはうってつけだ。ただし、農家民宿の条件を満たすために、宿泊は5人までとのこと。親しい人たちとの交流会や家族向けだ。

「農家民宿 ほつむら」

縁側から隣の森林を見下ろす信じられないこの眺め
大沢の在来作物で有名なのが「大沢じゃがた」。じゃがいものことで「じゃがたら」からきた水窪独特の呼び方らしい。その大沢じゃがたを串焼きにして水窪伝統の辛子味噌を付けて食べるのが格別なのだとか。う、う、う~食べたい。が、まだ少々時季が早くて、段々畑に青々茂るじゃがたの葉を見るだけで我慢した。
「なかや」では、こうした水窪の伝統料理を予約すると食べられる。藤谷さん曰く「かったい豆腐」の手作り豆腐も串焼きにして味噌田楽にしてくれるそうだ。
他に在来作物は?と稲垣さんに質問すると、とうもろこし、唐辛子が5種類、ねぎ、にんにく・・・と、出てくるわ出てくるわ。帰りがけに「ぼうふ」という珍しい植物を藤谷さんに教えてもらった。独特の香りがあるので好き嫌いが分かれるというが、葉を刻んで天ぷらにすると甘くなると説明してくれた。

これも在来作物? ぼうふは香りが独特な植物だとか
さて話は尽きないが、次に訪れた「つぶ食 いしもと」についても紹介し始めたらきりがない。
ここは水窪の街中(ん?)の、向市場という飯田線の駅もある地区で、石本静子さんが営む「つぶ食」の農家れすとらんだ。
「粉食」に対する「つぶ食」。米や小麦など穀物を粉にして麺やパンとして食べるのが粉食(こなしょく)ならば、粒食はご飯の米粒のようにつぶのまま食べること。石本さんは黍(きび)や稗(ひえ)、粟(あわ)などの雑穀をつぶのまま料理したり、オヤマボクチ(山ごぼうのこと)などの山菜と一緒に天ぷらやコロッケ、春巻などにして精進料理風に楽しませてくれる。
水窪の伝統食、手づくりこんにゃくの胡桃和えや手打ち蕎麦まで付いて、見た目のヘルシーさとは違ってかなり満腹に。黄色い黍が入った見た目も美しいご飯はお代わり自由なのだが、食べているうちに「お代わり」が言えなくなってしまう。

これぞつぶ食。黄色い黍が入った黍ご飯は輝くように美しい
「つぶ食 いしもと」について紹介したいのだが、ここはすでに有名で、インターネットや雑誌でも紹介されているので、私は石本静子さんについて書かせてもらうことにする。
石本さんと初めて出会ったのはもう20年近く前になる。
『旬平くん』という農業関係の情報を集めた雑誌の創刊号を編集しているとき、親子農業体験のコーナーを企画し、静岡市内から小学生の母娘を案内して石本さんのお宅に一泊させていただいた。
昼間は、周辺のお年寄りが雑穀や季節の作物を丁寧に作っている畑や、それらを軒下に干して保存食にしているなど、山の暮らしぶり見学に連れて行ってくださった。水窪川の河原には珍しい石があると採取に行ったり、夜は軒下で串いもを焼いて食べたり、それはそれは楽しい体験だった。
当時まだ幼かった石本さんのお孫さんの旬君は、一晩いっしょに過ごした静岡のお姉ちゃんが帰ってしまうと、泣いて寂しがった。その旬君が今や大学4年生だと聞き、自分が年をとったことを思い知らされた。
石本静子さんは個性的な商品を考え出すチカラがあるだけでなく、水窪ならではの文化や伝統を残さなければならないという強い使命感をもっている。嫁ぎ先の石本家は多くの民俗学者が調査のために訪れた家で、系統だてて語れるお姑さんあってのことだったと聞かせてくれたことがある。そんなお姑さんを尊敬するがゆえの意識の高さだろう。
でも、石本さんの魅力はなんといっても大らかさだ。ああだこうだ言ってないで、思ったら実行してみればいい、うまく行かなければやり直せばいいんだから・・・といった感じで、何事もアハハと笑い飛ばして進んで行く強さに、どれほど救われたかしれない。
ある夜、石本さんの取材が遅くなり夜道を静岡まで飛ばして帰る道々、まだ会社でいろんなプレッシャーに悩んでいた若かりし頃だったのだが、べつに悩みを聞いてもらったわけではないのに「アンタはそのままでいいんだよ」と元気づけられた気がして、静岡まで泣きながら運転し続けたことがあった。
山の暮らしは厳しい。大自然はひとたび怒れば人間なんてすぐに飲み込んでしまう。その、あまりにも巨大な山と川に囲まれて、山の人々はまじめに営みを続ける。
山の人々は大らかだ。人知を超えた存在があることをわかっているからこその大らかさなのだろう。
ツライことがあったとき、心が萎えてしまいそうなとき、私は北遠を訪ねる。ただ山や川や森を眺めているだけで「ま、いいや」と心が解き放たれる。山の人と何気ない会話をしているうちに「ようっし、行くか」と前に進むことができる。
みなさんもぜひ試してほしい。水窪の地で。
さて、いろいろ書いてしまったが「それは何?」と疑問に思われる箇所もあったことだろう。
まず「プロジェクトZ」についてちょっと補足を。これは県農林技術研究所の稲垣栄洋さんが中山間地の調査研究をしているうちに、静岡の在来作物が山奥にかなり残っていることを知り、それらを掘り起こし、保存し、農家や飲食店などを通じて伝え広めていきたいと始めた研究会というか体験会だ。
「たまらん6号」で特集した「蕎麦のたがた」の主、田形さんがソバの在来種を追い求めて昨年、静岡市井川で焼畑を復活させたが、稲垣さんもその取り組みを進める一人で、井川も在来作物の宝庫であることを再認識した。そこでプロジェクトZでは、まず二大巨頭の水窪と井川で在来作物の味覚体験をする企画を考えているようだ。
と、そこで登場するのが井川の小河内のみなさん。ソバと焼畑と在来作物。共通点の多い水窪と井川の交流をぜひ進めていきたいと水窪訪問を実現させた。考えてみると、昔は川の上流・下流の往き来より山から山へ人が移動し、物資や情報を運んだものだった。この日も、井川から水窪へ嫁入りした人の話で盛り上がった。
何か、本来の人間の暮らしがよみがえるようでワクワクする。興味のある人はぜひプロジェクトZに参加してみてほしい。
◆プロジェクトZ:問い合わせ先は054-280-4170、ホームページはhttp://projectz.jp
◆水窪町大沢「農家民宿 ほつむら」:問い合わせ先は053-987-3802(1日1組の完全予約制)
本来は、幻のこうぞ蕎麦を食べる会の予定だったが、コウゾの生育を見て6月1日に延期。それでも、水窪訪問を楽しみにしていた静岡市井川の小河内という集落の方々があきらめきれないと、水窪への旅は決行となり、私も便乗させてもらったのだ。
週末の土曜日に限っての雨。それも、新東名で天竜川を渡るときには豪雨でどうなることかと思ったが、水窪の山の中は霧に覆われてはいるものの雨は大したことがなくて、かえって幻想的な風景を楽しむことができた。
まず私たちが向かったのは水窪町大沢という集落だ。
JR飯田線の水窪駅前からさらに40分ほどかけて山を登ったところに位置する。新東名の浜北浜松I.C.から水窪駅前までと、水窪駅から大沢までの走行時間が同じぐらいか、もっとかかったようにも感じた。
「天空の里 大沢」と地元の方が名付けている通り、そこはまるで雲海の上に開けた桃源郷のような山里だった。
ちょうど中央に「農家民宿 ほつむら」と「昔体験ランプの家 なかや」という古いお宅が2軒並ぶ。〝ほつむら〟とはこの家の屋号で、主の藤谷幸生さんが大沢に泊まりながら農業体験ができる農家民宿に自宅を改装したものだ。お客さまに農作業をやってもらえれば大沢のお年寄りも助かる、そんな思いも込められている。


農家民宿ほつむらの囲炉裏を囲んで井川の人たちと話をする藤谷幸生さん(左写真、右側)。
古い民具をインテリア雑貨にしてしまう藤谷さんはオシャレな人に違いない
隣の「なかや」は食事ができるお休み処で、ちょっとした博物館でもある。山の暮らしに使われた古い道具や貴重な昭和の写真が多数展示され、見ているうちにどんどん時間が過ぎて行く。
「なかや」の方は別所さんという方のお宅でやはり屋号なのだが、藤谷さんが「ほつむら」と一緒に管理している。

食事処なかやの目印は木を切る大鋸

なかやは民具や写真資料を閲覧できるちょっとした博物館
「農家民宿 ほつむら」はコンドミニアム方式で、食べ物を持ち込んで自炊する宿だ。いろりを囲んでの団らんが楽しめる。
縁側に腰掛けると周辺の森林は眼下に、そして少し離れた麻布山が正面にそびえる。日常の暮らしからは想像もできない開放感だ。夜は星空が見事なのだとか。玄関の明かりの陰からでも天の川が輝いて見えたと稲垣さんが力説していた。
新東名を使えば静岡市内からでも1時間半あれば(いや、大沢まではプラス30~40分かかるが)やって来られる水窪。週末に現世から逃避したい人にはうってつけだ。ただし、農家民宿の条件を満たすために、宿泊は5人までとのこと。親しい人たちとの交流会や家族向けだ。

「農家民宿 ほつむら」

縁側から隣の森林を見下ろす信じられないこの眺め
大沢の在来作物で有名なのが「大沢じゃがた」。じゃがいものことで「じゃがたら」からきた水窪独特の呼び方らしい。その大沢じゃがたを串焼きにして水窪伝統の辛子味噌を付けて食べるのが格別なのだとか。う、う、う~食べたい。が、まだ少々時季が早くて、段々畑に青々茂るじゃがたの葉を見るだけで我慢した。
「なかや」では、こうした水窪の伝統料理を予約すると食べられる。藤谷さん曰く「かったい豆腐」の手作り豆腐も串焼きにして味噌田楽にしてくれるそうだ。
他に在来作物は?と稲垣さんに質問すると、とうもろこし、唐辛子が5種類、ねぎ、にんにく・・・と、出てくるわ出てくるわ。帰りがけに「ぼうふ」という珍しい植物を藤谷さんに教えてもらった。独特の香りがあるので好き嫌いが分かれるというが、葉を刻んで天ぷらにすると甘くなると説明してくれた。

これも在来作物? ぼうふは香りが独特な植物だとか
さて話は尽きないが、次に訪れた「つぶ食 いしもと」についても紹介し始めたらきりがない。
ここは水窪の街中(ん?)の、向市場という飯田線の駅もある地区で、石本静子さんが営む「つぶ食」の農家れすとらんだ。
「粉食」に対する「つぶ食」。米や小麦など穀物を粉にして麺やパンとして食べるのが粉食(こなしょく)ならば、粒食はご飯の米粒のようにつぶのまま食べること。石本さんは黍(きび)や稗(ひえ)、粟(あわ)などの雑穀をつぶのまま料理したり、オヤマボクチ(山ごぼうのこと)などの山菜と一緒に天ぷらやコロッケ、春巻などにして精進料理風に楽しませてくれる。
水窪の伝統食、手づくりこんにゃくの胡桃和えや手打ち蕎麦まで付いて、見た目のヘルシーさとは違ってかなり満腹に。黄色い黍が入った見た目も美しいご飯はお代わり自由なのだが、食べているうちに「お代わり」が言えなくなってしまう。

これぞつぶ食。黄色い黍が入った黍ご飯は輝くように美しい
「つぶ食 いしもと」について紹介したいのだが、ここはすでに有名で、インターネットや雑誌でも紹介されているので、私は石本静子さんについて書かせてもらうことにする。
石本さんと初めて出会ったのはもう20年近く前になる。
『旬平くん』という農業関係の情報を集めた雑誌の創刊号を編集しているとき、親子農業体験のコーナーを企画し、静岡市内から小学生の母娘を案内して石本さんのお宅に一泊させていただいた。
昼間は、周辺のお年寄りが雑穀や季節の作物を丁寧に作っている畑や、それらを軒下に干して保存食にしているなど、山の暮らしぶり見学に連れて行ってくださった。水窪川の河原には珍しい石があると採取に行ったり、夜は軒下で串いもを焼いて食べたり、それはそれは楽しい体験だった。
当時まだ幼かった石本さんのお孫さんの旬君は、一晩いっしょに過ごした静岡のお姉ちゃんが帰ってしまうと、泣いて寂しがった。その旬君が今や大学4年生だと聞き、自分が年をとったことを思い知らされた。
石本静子さんは個性的な商品を考え出すチカラがあるだけでなく、水窪ならではの文化や伝統を残さなければならないという強い使命感をもっている。嫁ぎ先の石本家は多くの民俗学者が調査のために訪れた家で、系統だてて語れるお姑さんあってのことだったと聞かせてくれたことがある。そんなお姑さんを尊敬するがゆえの意識の高さだろう。
でも、石本さんの魅力はなんといっても大らかさだ。ああだこうだ言ってないで、思ったら実行してみればいい、うまく行かなければやり直せばいいんだから・・・といった感じで、何事もアハハと笑い飛ばして進んで行く強さに、どれほど救われたかしれない。
ある夜、石本さんの取材が遅くなり夜道を静岡まで飛ばして帰る道々、まだ会社でいろんなプレッシャーに悩んでいた若かりし頃だったのだが、べつに悩みを聞いてもらったわけではないのに「アンタはそのままでいいんだよ」と元気づけられた気がして、静岡まで泣きながら運転し続けたことがあった。
山の暮らしは厳しい。大自然はひとたび怒れば人間なんてすぐに飲み込んでしまう。その、あまりにも巨大な山と川に囲まれて、山の人々はまじめに営みを続ける。
山の人々は大らかだ。人知を超えた存在があることをわかっているからこその大らかさなのだろう。
ツライことがあったとき、心が萎えてしまいそうなとき、私は北遠を訪ねる。ただ山や川や森を眺めているだけで「ま、いいや」と心が解き放たれる。山の人と何気ない会話をしているうちに「ようっし、行くか」と前に進むことができる。
みなさんもぜひ試してほしい。水窪の地で。
さて、いろいろ書いてしまったが「それは何?」と疑問に思われる箇所もあったことだろう。
まず「プロジェクトZ」についてちょっと補足を。これは県農林技術研究所の稲垣栄洋さんが中山間地の調査研究をしているうちに、静岡の在来作物が山奥にかなり残っていることを知り、それらを掘り起こし、保存し、農家や飲食店などを通じて伝え広めていきたいと始めた研究会というか体験会だ。
「たまらん6号」で特集した「蕎麦のたがた」の主、田形さんがソバの在来種を追い求めて昨年、静岡市井川で焼畑を復活させたが、稲垣さんもその取り組みを進める一人で、井川も在来作物の宝庫であることを再認識した。そこでプロジェクトZでは、まず二大巨頭の水窪と井川で在来作物の味覚体験をする企画を考えているようだ。
と、そこで登場するのが井川の小河内のみなさん。ソバと焼畑と在来作物。共通点の多い水窪と井川の交流をぜひ進めていきたいと水窪訪問を実現させた。考えてみると、昔は川の上流・下流の往き来より山から山へ人が移動し、物資や情報を運んだものだった。この日も、井川から水窪へ嫁入りした人の話で盛り上がった。
何か、本来の人間の暮らしがよみがえるようでワクワクする。興味のある人はぜひプロジェクトZに参加してみてほしい。
◆プロジェクトZ:問い合わせ先は054-280-4170、ホームページはhttp://projectz.jp
◆水窪町大沢「農家民宿 ほつむら」:問い合わせ先は053-987-3802(1日1組の完全予約制)
Posted by eしずおかコラム at 12:00