2013年02月08日
第4回 素朴な山里の伝統行事は、笑いと温かみにあふれていた
休んでばかりのコラムでまったく用をなさないのに、性懲りもなく再開することをどうぞお笑いください。そして、しばしの時間お付き合いくださる奇特な方々に心より感謝申し上げます。
2011年11月11日に「たまらん」を創刊して昨年1周年を迎えた。なんとか1年間やってこられたとの思いで創刊1周年記念号を慌ただしく作っていた11月3日の夜。週末に帰静していた兄が自宅で突然死した。死因は大動脈解離。ごく普通に過ごしていた日常の、わずか2時間留守をした間の異変だった。
ともに独身で両親も亡くなり、二人きりの身内だったので私が喪主となり、訳もわからぬまま葬儀を終えた。人の死は事務処理だ。64年の兄の生涯は、死から葬儀までのたった4日で片が付いてしまった。その後の多くの手続は、兄が生きていた証を一つ一つ消しゴムや黒板消しで消し去るような情け容赦ない作業だった。
葬儀で延期した「たまらん」の編集作業をなかなか再開できずにいる。「たまらん」は社会的活動がしたくて始めた。生きる意味を見出したいから社会について考えてきた。が、無念にも生きる権利を奪われた人生を目の当たりにし、生きる意味などないのだと思い知らされた。そして社会に対するメッセージは色あせた。
ちょうど、カラーの映画を観ていたら突然モノクロームになってしまったような感じだ。
しかし「たまらん」の取材に快く応じて話を聞かせてくださった方々の顔がいつも思い浮かぶ。とにかくこの方たちの創り出す文化は書いて伝えなきゃ、と。
たまたま兄の死の数日前に、12月から2月までがピークの大きな仕事を請け負ったため、「たまらん」をデザイン・レイアウトしてくださっているたきた杉恵さんと利根川初美さんをも巻き込んで今、忙しさの真っ只中にいる。
その仕事が終了したら再開しなければと自分に課した。ただ一つ、里ネタで紹介する藁科川上流域の集落日向で、2月16日に行われる「日向の七草祭り」が発行前に終わってしまうことだけが悔やまれた。
そんなとき「eしずおか」が救いの手を差しのべてくれた。
じつは「たまらん」紙面では、都会から日向に一家で移住した今永正文さんにご案内いただいたので話題が豊富になり、七草祭りについてはあまりスペースを割けなかった。
だから春の山里歩きを楽しむためには紙面を、発行前にはこのブログで七草祭りについて読んでもらい、ぜひ一度、静岡市民の方々に日向体験をしてほしいと願っている。これぞまさしく「たまらん」編集余話の利点といえる。
静岡市の藁科川上流部で毎年1月の末から2月の、旧暦正月7日に行われる「日向の七草祭り」。私が初めてこの祭りを見たのは30年ほど前だった。就職して間もない頃の静岡新聞社出版部で、静岡県民俗学会の先生方が執筆する『安倍川』という本を担当した縁で連れて行ってもらった。素朴で可笑しみのあるその山里の伝統行事は忘れられない思い出となった。
一昨年「たまらん」を始めたことで、毎号、中山間地を紹介しようと情報収集している中、静岡市の集落支援員という方々の存在を知った。その一人、島村広美さんは日向がある大川地区担当のとても熱心な支援員で、昨年、七草祭りの日に企画した体験講座に誘ってくださった。そして懐かしい祭りに再会したのだ。
私と友人は祭りの夜、島村さんに教えていただいた日向の「三右ヱ門」という民宿に泊まり、翌月曜日に朝帰りすることにした。

古民家の宿「「三右ヱ門」。
玄関に入ると古民家の貫禄に圧倒されます
「日向の七草祭り」は福田寺という、普段は無住の寺で行われる。田遊びと呼ばれる一年の無事と豊作を祈る民俗行事で、県の無形文化財に指定されている。1000年近い歴史をもつといわれ、今も地元の男性だけで執り行われる古風でおおらかな祭りだ。2月16日は土曜なので、チャンスがあれば民宿「三右ヱ門」に泊まって体験するといい。
面白いのは「浜行き」といって事前に大浜海岸へ塩水を汲みに出掛け、清めの水を用意すること。準備は地元住民だけで進められるが、「大日待ち」という祭り当日は外部から訪れる人も参加できる。午前10時から日の出の祈祷だが、そのあとネッキハッキといって木製の三宝印(仏法僧)を祭りの役の人たちが、訪問客の額にも押して邪念を払ってくれる。11~12時は当番の男たちが藁科川に入り禊(みそぎ)を行う。寒中をものともせず水浴びをして身を清めるのだ。

禊(みそぎ)といって、寒中に男たちは藁科川に入って身を清める

今永さんおすすめのネッキハッキ。紋付きを着た壇上の男性が
木の棒の断面を村人のおでこに押すところ。一般参加者にも押してくれる
夜の6時からいよいよ本番だ。さまざまな舞や所作が行われるが、見どころはまたまた「浜行き」。若魚という魚の作り物を入れた籠を背負ったひょっとこ面の男性が登場して海からの豊穣をもたらす。昨年見物したときは浜行きのオジサン、若魚の籠が重たかったのか目の前で尻もちをつき、小声で「やいやい」。思わず笑ってしまった。

これが「浜行き」。今永さんが道化と書いているので、
もしかしてあの尻もちはわざとだったの?
若魚もカツオやイカなど絵の具で描いたような、いかにも手づくりの張りぼてという感じで楽しい。古式ゆかしい伝統行事とはいえ、村人が素朴に演じている微笑ましさが何とも温かいのだ。
境内では見物人に甘酒や熱燗が振る舞われる。竹製のぐい呑みにヤカンの熱燗を何度も注ぎ足してもらい、とても幸せな夜だった。女性たちが売る蕎麦やおでんで温まりながら飲むのがまた格別で、金つばや餅など甘味好きにもうれしい品揃えだ。
「たまらん」の案内役を務めてくださった今永さんは歴史や伝説に詳しいので「駒んず」という舞に注目していた。男の子が鳥の被り物をつけて演じるのだが、鳥は養蚕が盛んだった時代の名残だという。

夜の福田寺境内でいくつもの演目を計2回ずつ、
村の男たちが演じ続ける
祭りが終わって「三右ヱ門」に帰ると、ご主人の佐藤勝美さんと奥さんの眞弓さんが温かい料理でもてなしてくれた。昨年、佐藤夫妻は祭りの当番だったので終了時まで忙しく福田寺境内で働いていたのに、急いで帰宅し私たちのために夜遅くまでもてなしてくれてありがたかった。

手前の部屋に泊めてもらいました。
食事のときには隣の窓側の部屋で火鉢を囲んで
ご主人はサラリーマンだったが、自宅の古民家を改築するのを期に、人の勧めもあって蕎麦の店と民宿を始めた。底抜けに明るくて気さくな人柄。カメラ好きで、客が到着すると「ハイハーイ並んでちょうだい」と記念写真を撮ってくれて、帰りにはもう写真のお土産をプレゼントしてくれる。
奥さんの眞弓さんはやさしくて、ご主人のサービス精神を微笑みながら見守っている。宿泊客にも食事だけの客にも、手打ち蕎麦に天ぷら、火鉢を囲んで炭火で焼く野菜や山菜(冬)のほかに20種にものぼる小鉢料理を丁寧に作り分けて出してくれ、食べきれないほどのぜいたくが味わえる。
朝ごはんも夕食なみに小鉢がずらりと並び驚いた。何より古民家の構えがどっしりと風格があり、その部屋に泊まって過ごせるだけで価値がある。
縁側お茶カフェで知られる大間や湯ノ島温泉など、大川地区を訪ねるときには一度「三右ヱ門」へ蕎麦を食べに立ち寄ってみてほしい。もちろん必ず予約をして。

佐藤さんご夫妻。ほんとうにいい方たちでしょ。
きっと、また行きたくなります
日向および七草祭りについては、今永さんが一員となって藁科流域の文化を紹介しているサイト「奥藁科Web(サイトはこちらです)」をご覧ください。
◆民宿「三右ヱ門」 静岡市葵区日向718 電話054-291-2515
2011年11月11日に「たまらん」を創刊して昨年1周年を迎えた。なんとか1年間やってこられたとの思いで創刊1周年記念号を慌ただしく作っていた11月3日の夜。週末に帰静していた兄が自宅で突然死した。死因は大動脈解離。ごく普通に過ごしていた日常の、わずか2時間留守をした間の異変だった。
ともに独身で両親も亡くなり、二人きりの身内だったので私が喪主となり、訳もわからぬまま葬儀を終えた。人の死は事務処理だ。64年の兄の生涯は、死から葬儀までのたった4日で片が付いてしまった。その後の多くの手続は、兄が生きていた証を一つ一つ消しゴムや黒板消しで消し去るような情け容赦ない作業だった。
葬儀で延期した「たまらん」の編集作業をなかなか再開できずにいる。「たまらん」は社会的活動がしたくて始めた。生きる意味を見出したいから社会について考えてきた。が、無念にも生きる権利を奪われた人生を目の当たりにし、生きる意味などないのだと思い知らされた。そして社会に対するメッセージは色あせた。
ちょうど、カラーの映画を観ていたら突然モノクロームになってしまったような感じだ。
しかし「たまらん」の取材に快く応じて話を聞かせてくださった方々の顔がいつも思い浮かぶ。とにかくこの方たちの創り出す文化は書いて伝えなきゃ、と。
たまたま兄の死の数日前に、12月から2月までがピークの大きな仕事を請け負ったため、「たまらん」をデザイン・レイアウトしてくださっているたきた杉恵さんと利根川初美さんをも巻き込んで今、忙しさの真っ只中にいる。
その仕事が終了したら再開しなければと自分に課した。ただ一つ、里ネタで紹介する藁科川上流域の集落日向で、2月16日に行われる「日向の七草祭り」が発行前に終わってしまうことだけが悔やまれた。
そんなとき「eしずおか」が救いの手を差しのべてくれた。
じつは「たまらん」紙面では、都会から日向に一家で移住した今永正文さんにご案内いただいたので話題が豊富になり、七草祭りについてはあまりスペースを割けなかった。
だから春の山里歩きを楽しむためには紙面を、発行前にはこのブログで七草祭りについて読んでもらい、ぜひ一度、静岡市民の方々に日向体験をしてほしいと願っている。これぞまさしく「たまらん」編集余話の利点といえる。
静岡市の藁科川上流部で毎年1月の末から2月の、旧暦正月7日に行われる「日向の七草祭り」。私が初めてこの祭りを見たのは30年ほど前だった。就職して間もない頃の静岡新聞社出版部で、静岡県民俗学会の先生方が執筆する『安倍川』という本を担当した縁で連れて行ってもらった。素朴で可笑しみのあるその山里の伝統行事は忘れられない思い出となった。
一昨年「たまらん」を始めたことで、毎号、中山間地を紹介しようと情報収集している中、静岡市の集落支援員という方々の存在を知った。その一人、島村広美さんは日向がある大川地区担当のとても熱心な支援員で、昨年、七草祭りの日に企画した体験講座に誘ってくださった。そして懐かしい祭りに再会したのだ。
私と友人は祭りの夜、島村さんに教えていただいた日向の「三右ヱ門」という民宿に泊まり、翌月曜日に朝帰りすることにした。

古民家の宿「「三右ヱ門」。
玄関に入ると古民家の貫禄に圧倒されます
「日向の七草祭り」は福田寺という、普段は無住の寺で行われる。田遊びと呼ばれる一年の無事と豊作を祈る民俗行事で、県の無形文化財に指定されている。1000年近い歴史をもつといわれ、今も地元の男性だけで執り行われる古風でおおらかな祭りだ。2月16日は土曜なので、チャンスがあれば民宿「三右ヱ門」に泊まって体験するといい。
面白いのは「浜行き」といって事前に大浜海岸へ塩水を汲みに出掛け、清めの水を用意すること。準備は地元住民だけで進められるが、「大日待ち」という祭り当日は外部から訪れる人も参加できる。午前10時から日の出の祈祷だが、そのあとネッキハッキといって木製の三宝印(仏法僧)を祭りの役の人たちが、訪問客の額にも押して邪念を払ってくれる。11~12時は当番の男たちが藁科川に入り禊(みそぎ)を行う。寒中をものともせず水浴びをして身を清めるのだ。

禊(みそぎ)といって、寒中に男たちは藁科川に入って身を清める

今永さんおすすめのネッキハッキ。紋付きを着た壇上の男性が
木の棒の断面を村人のおでこに押すところ。一般参加者にも押してくれる
夜の6時からいよいよ本番だ。さまざまな舞や所作が行われるが、見どころはまたまた「浜行き」。若魚という魚の作り物を入れた籠を背負ったひょっとこ面の男性が登場して海からの豊穣をもたらす。昨年見物したときは浜行きのオジサン、若魚の籠が重たかったのか目の前で尻もちをつき、小声で「やいやい」。思わず笑ってしまった。

これが「浜行き」。今永さんが道化と書いているので、
もしかしてあの尻もちはわざとだったの?
若魚もカツオやイカなど絵の具で描いたような、いかにも手づくりの張りぼてという感じで楽しい。古式ゆかしい伝統行事とはいえ、村人が素朴に演じている微笑ましさが何とも温かいのだ。
境内では見物人に甘酒や熱燗が振る舞われる。竹製のぐい呑みにヤカンの熱燗を何度も注ぎ足してもらい、とても幸せな夜だった。女性たちが売る蕎麦やおでんで温まりながら飲むのがまた格別で、金つばや餅など甘味好きにもうれしい品揃えだ。
「たまらん」の案内役を務めてくださった今永さんは歴史や伝説に詳しいので「駒んず」という舞に注目していた。男の子が鳥の被り物をつけて演じるのだが、鳥は養蚕が盛んだった時代の名残だという。

夜の福田寺境内でいくつもの演目を計2回ずつ、
村の男たちが演じ続ける
祭りが終わって「三右ヱ門」に帰ると、ご主人の佐藤勝美さんと奥さんの眞弓さんが温かい料理でもてなしてくれた。昨年、佐藤夫妻は祭りの当番だったので終了時まで忙しく福田寺境内で働いていたのに、急いで帰宅し私たちのために夜遅くまでもてなしてくれてありがたかった。

手前の部屋に泊めてもらいました。
食事のときには隣の窓側の部屋で火鉢を囲んで
ご主人はサラリーマンだったが、自宅の古民家を改築するのを期に、人の勧めもあって蕎麦の店と民宿を始めた。底抜けに明るくて気さくな人柄。カメラ好きで、客が到着すると「ハイハーイ並んでちょうだい」と記念写真を撮ってくれて、帰りにはもう写真のお土産をプレゼントしてくれる。
奥さんの眞弓さんはやさしくて、ご主人のサービス精神を微笑みながら見守っている。宿泊客にも食事だけの客にも、手打ち蕎麦に天ぷら、火鉢を囲んで炭火で焼く野菜や山菜(冬)のほかに20種にものぼる小鉢料理を丁寧に作り分けて出してくれ、食べきれないほどのぜいたくが味わえる。
朝ごはんも夕食なみに小鉢がずらりと並び驚いた。何より古民家の構えがどっしりと風格があり、その部屋に泊まって過ごせるだけで価値がある。
縁側お茶カフェで知られる大間や湯ノ島温泉など、大川地区を訪ねるときには一度「三右ヱ門」へ蕎麦を食べに立ち寄ってみてほしい。もちろん必ず予約をして。

佐藤さんご夫妻。ほんとうにいい方たちでしょ。
きっと、また行きたくなります
日向および七草祭りについては、今永さんが一員となって藁科流域の文化を紹介しているサイト「奥藁科Web(サイトはこちらです)」をご覧ください。
◆民宿「三右ヱ門」 静岡市葵区日向718 電話054-291-2515
Posted by eしずおかコラム at 12:00