2013年06月14日
第8回 みさくぼ在来作物の旅 第2弾「こうぞ蕎麦の巻」
自然の恵みいっぱい、山のご馳走
今月は、前回のコラム(こちら)でご紹介した水窪で雑穀料理が食べられる「つぶ食いしもと」の石本静子さんについて、第2弾を書かせていただこうと思う。
今回の水窪行きも、在来の味を愉しむ会、名付けて「プロジェクトZ」の主催で、稲垣栄洋さんに連れて行っていただいた。
水窪の在来作物が絶えないように自分の畑で育てたり、栽培しているお年寄りを見守ったりしている石本静子さんは、プロジェクトZの大事なネタ元だ。これからも稲垣さんの企画にたびたび登場するに違いない。
私自身も石本さんについてはいろいろご紹介したいので、今回は何十年の時を経て久しぶりに復活した「こうぞ蕎麦」について的を絞ることにした。
浜松市水窪町地頭方(じとうがた)の、JR飯田線の向市場(むかいちば)駅を降りてすぐの所に「つぶ食いしもと」はある。
ここを営む石本静子さんは、生活改善グループという農山村女性の活動を通じ、地元の食文化や伝統文化を掘り起こしてきた女性だ。その知識と行動力が認められ、初代静岡県ときめき女性にもなった。
長年積み重ねたそうした経験の中から、北遠ならではの雑穀をコース料理にして提供する店を開くという発想が生まれたのだが、ベースにあるのはどうやら、林業が盛んだった時代に石本家が川仕事に携わる人々のための宿を営んでいたことらしい。
石本家の蔵には、四季の料理レシピが克明に記された古文書や、膳や器などの道具が残されている。
「夜になれば何にもすることはないから、おじいさんもおばあさんも、いっつも昔語りをしたよ」。嫁の静子さんは姑孝行と思って話を聞いたが、今となってはそれが大きな財産となった。農学、民俗学、生物学などなど、あらゆる分野の人が石本静子さんの話を聞きに訪ねて来る。
さて「こうぞ蕎麦」とは、紙幣の原料で知られるコウゾを使って作る蕎麦のことだ。
石本さんが嫁に来たときにはすでに作っていなかったが、それこそ昔語りで義父がどんな風に作ったのか聞かせてくれたのだという。それを思い出しながら久々に復活させようというのが、今回のプロジェクトだった。
それにしても、若いときにコタツを囲んで聞いただけ、というようなレシピをよみがえらせてしまうのだから、石本さんの記憶力と実行力には脱帽だ。
コウゾは紙幣になるくらいだから山の暮らしには大切な換金作物だった。石本さん曰く「紙になるコウゾとロープの材になるシュロはみんな植えたよ」。今もその名残が何軒かに野生化してあるという。石本家の裏山にもコウゾの木が鮮やかな緑の葉を茂らせていた。
コウゾは役に立つ樹木で、皮が紙の原料になり、残った粗い繊維は洋服の布地にした。皮は簡単に剥ぐことができ、中から出てくるつるりとした芯の部分は乾燥させるとよく燃えるので、焚き付けなど火をつけるための材にしたという。
そんなコウゾ基礎知識を石本さんから聞いた後は「つぶ食いしもと」の料理人、孫六義幸さんが実際にこうぞ蕎麦を打つところを見学した。
ちなみに孫六さんは名前なのかと思いきや名字だという。水窪ならではの姓だとか。

石本家の裏に生えているコウゾの木。雨に濡れてひときわ緑が鮮やかだった

「皮は簡単にむけるよ」と見る間に石本静子さんは皮を剥いだ。この樹皮が紙幣の原料になるのだ

一皮むけるとコウゾの木は色白でつるつるの地肌をしている

樹木の中は空洞だと聞き切断面を見たが、穴とは言えない芯が真ん中に通っていた
この日は、ソバの静岡在来研究会を主宰している「蕎麦のたがた」の田形さんも参加していた。信州のオヤマボクチをつなぎに使った蕎麦がめちゃくちゃウマかったんだと、田形さんは水窪の蕎麦にも興味津々だ。
こうぞ蕎麦に使うのはコウゾの葉の部分。水を加えてミキサーでドロドロの液状にしたものをソバ粉に混ぜていく。「つぶ食いしもと」の蕎麦は二八でソバもつなぎの小麦も水窪産なのだ。
まずはコウゾの匂いを見学者が嗅ぐ。「ん、青汁みたい」。私も打った蕎麦を嗅がせてもらった。確かに青汁のような青臭さが強い。
オヤマボクチは無味無臭の、つなぎとして価値の高い植物だと説明してくれた田形さん。「コウゾ蕎麦の場合は変わり蕎麦の一種なんですね」と、体験してみて意味に気付いたようだった。私もコウゾ蕎麦は、ヨモギを餅に入れて食べるのと同様、春から初夏に山の人々がビタミンを補給するために考え出した野趣の味だったのではないか、と感じた。

こうぞ蕎麦にはコウゾの葉を使う

葉と水をミキサーにかけドロドロの液体にする

この日はソバ粉8割につなぎの小麦粉2割の二八蕎麦

あらかじめふるっておいた二八蕎麦にコウゾの汁を混ぜ込んでいく

孫六義幸さんは何度も何度も丁寧に蕎麦を打っていく

「さあ、赤ん坊が生まれたよ」と孫六さんが言うとおり、打ちたての
こうぞ蕎麦は生まれたての赤ん坊のようにつるっときれいだった

最初は小さな円なので何回かに分けて十数人分の蕎麦を打つのかと勘違いしてしまう

最後はこんなにのびてまるで一枚の布地を広げたようだ

これを布のように折り畳んで切る。少しずつずらして畳むのがコツだそうだ
孫六さんの見事な包丁さばきで、細くて繊細なこうぞ蕎麦が出来上がると、いよいよつぶ食のコース料理をいただくお座敷へ全員移動。
まずはこうぞ蕎麦が茹でられ、のびないうちにとみんなですぐに平らげた。最初はつゆをつけずに口の中へ。と、驚いた。あの青臭さが消えてしまったのだ。かすかに草の香がする程度のさわやかさなのだ。
これはまさしく季節を楽しむ山の味覚だ。野趣というほど野性味が強くない。もっと上品な味わいの食べものだ。

孫六さんの切る蕎麦はとても細くて繊細だ。見事な手さばきで、あっという間に十数人分を切ってしまった

緑色のそばをよく見ると中につぶつぶが見える。それが久々に復活した水窪伝来のこうぞ蕎麦だ

ゆであがりはさらに緑色が美しい。のびないうちに急いで食べよう

最初はつゆにつけないで蕎麦の香りと食感を味わうといい。
次に先端だけをつゆにつけ、次は半分つけ、最後は全部ひたして、
という風に徐々につけていくといろいろな風味を楽しめる
北遠の山々は懐が深く、そこに暮らす人々は大らかだと前回も書いた。
自然はひとたび怒れば恐ろしいが、ふだんは私たちにいろいろな恵みを与えてくれる。雨もよいの日だったが、山の風景は雨に濡れて目にも鮮やか。近くの川の流れや木々の葉擦れの音が涼やかで、樹木からいただいた葉を食べればさわやかな香り。五感を通じて心が解放された。
自然の怖さを知りつつも、自然の恵みを精一杯いただく方法を考え、静かに伝えてきた山の人々。私はその丁寧さと大胆さに心惹かれるのだとあらためて思った。
週末の一日、緑豊かな山里を眺めながら新東名をドライブして、水窪で時間が止まったような山の暮らしを体験、まだ明るいうちに帰宅する。何というぜいたくだろう。自然が多く残る静岡に住んでいてほんとうによかったと思える瞬間である。
こんな週末にご興味をもたれた方はぜひ「プロジェクトZ」で検索してみてください。
Tamara Press 平野斗紀子
今月は、前回のコラム(こちら)でご紹介した水窪で雑穀料理が食べられる「つぶ食いしもと」の石本静子さんについて、第2弾を書かせていただこうと思う。
今回の水窪行きも、在来の味を愉しむ会、名付けて「プロジェクトZ」の主催で、稲垣栄洋さんに連れて行っていただいた。
水窪の在来作物が絶えないように自分の畑で育てたり、栽培しているお年寄りを見守ったりしている石本静子さんは、プロジェクトZの大事なネタ元だ。これからも稲垣さんの企画にたびたび登場するに違いない。
私自身も石本さんについてはいろいろご紹介したいので、今回は何十年の時を経て久しぶりに復活した「こうぞ蕎麦」について的を絞ることにした。
浜松市水窪町地頭方(じとうがた)の、JR飯田線の向市場(むかいちば)駅を降りてすぐの所に「つぶ食いしもと」はある。
ここを営む石本静子さんは、生活改善グループという農山村女性の活動を通じ、地元の食文化や伝統文化を掘り起こしてきた女性だ。その知識と行動力が認められ、初代静岡県ときめき女性にもなった。
長年積み重ねたそうした経験の中から、北遠ならではの雑穀をコース料理にして提供する店を開くという発想が生まれたのだが、ベースにあるのはどうやら、林業が盛んだった時代に石本家が川仕事に携わる人々のための宿を営んでいたことらしい。
石本家の蔵には、四季の料理レシピが克明に記された古文書や、膳や器などの道具が残されている。
「夜になれば何にもすることはないから、おじいさんもおばあさんも、いっつも昔語りをしたよ」。嫁の静子さんは姑孝行と思って話を聞いたが、今となってはそれが大きな財産となった。農学、民俗学、生物学などなど、あらゆる分野の人が石本静子さんの話を聞きに訪ねて来る。
さて「こうぞ蕎麦」とは、紙幣の原料で知られるコウゾを使って作る蕎麦のことだ。
石本さんが嫁に来たときにはすでに作っていなかったが、それこそ昔語りで義父がどんな風に作ったのか聞かせてくれたのだという。それを思い出しながら久々に復活させようというのが、今回のプロジェクトだった。
それにしても、若いときにコタツを囲んで聞いただけ、というようなレシピをよみがえらせてしまうのだから、石本さんの記憶力と実行力には脱帽だ。
コウゾは紙幣になるくらいだから山の暮らしには大切な換金作物だった。石本さん曰く「紙になるコウゾとロープの材になるシュロはみんな植えたよ」。今もその名残が何軒かに野生化してあるという。石本家の裏山にもコウゾの木が鮮やかな緑の葉を茂らせていた。
コウゾは役に立つ樹木で、皮が紙の原料になり、残った粗い繊維は洋服の布地にした。皮は簡単に剥ぐことができ、中から出てくるつるりとした芯の部分は乾燥させるとよく燃えるので、焚き付けなど火をつけるための材にしたという。
そんなコウゾ基礎知識を石本さんから聞いた後は「つぶ食いしもと」の料理人、孫六義幸さんが実際にこうぞ蕎麦を打つところを見学した。
ちなみに孫六さんは名前なのかと思いきや名字だという。水窪ならではの姓だとか。
石本家の裏に生えているコウゾの木。雨に濡れてひときわ緑が鮮やかだった
「皮は簡単にむけるよ」と見る間に石本静子さんは皮を剥いだ。この樹皮が紙幣の原料になるのだ
一皮むけるとコウゾの木は色白でつるつるの地肌をしている
樹木の中は空洞だと聞き切断面を見たが、穴とは言えない芯が真ん中に通っていた
この日は、ソバの静岡在来研究会を主宰している「蕎麦のたがた」の田形さんも参加していた。信州のオヤマボクチをつなぎに使った蕎麦がめちゃくちゃウマかったんだと、田形さんは水窪の蕎麦にも興味津々だ。
こうぞ蕎麦に使うのはコウゾの葉の部分。水を加えてミキサーでドロドロの液状にしたものをソバ粉に混ぜていく。「つぶ食いしもと」の蕎麦は二八でソバもつなぎの小麦も水窪産なのだ。
まずはコウゾの匂いを見学者が嗅ぐ。「ん、青汁みたい」。私も打った蕎麦を嗅がせてもらった。確かに青汁のような青臭さが強い。
オヤマボクチは無味無臭の、つなぎとして価値の高い植物だと説明してくれた田形さん。「コウゾ蕎麦の場合は変わり蕎麦の一種なんですね」と、体験してみて意味に気付いたようだった。私もコウゾ蕎麦は、ヨモギを餅に入れて食べるのと同様、春から初夏に山の人々がビタミンを補給するために考え出した野趣の味だったのではないか、と感じた。
こうぞ蕎麦にはコウゾの葉を使う
葉と水をミキサーにかけドロドロの液体にする
この日はソバ粉8割につなぎの小麦粉2割の二八蕎麦
あらかじめふるっておいた二八蕎麦にコウゾの汁を混ぜ込んでいく
孫六義幸さんは何度も何度も丁寧に蕎麦を打っていく
「さあ、赤ん坊が生まれたよ」と孫六さんが言うとおり、打ちたての
こうぞ蕎麦は生まれたての赤ん坊のようにつるっときれいだった
最初は小さな円なので何回かに分けて十数人分の蕎麦を打つのかと勘違いしてしまう
最後はこんなにのびてまるで一枚の布地を広げたようだ
これを布のように折り畳んで切る。少しずつずらして畳むのがコツだそうだ
孫六さんの見事な包丁さばきで、細くて繊細なこうぞ蕎麦が出来上がると、いよいよつぶ食のコース料理をいただくお座敷へ全員移動。
まずはこうぞ蕎麦が茹でられ、のびないうちにとみんなですぐに平らげた。最初はつゆをつけずに口の中へ。と、驚いた。あの青臭さが消えてしまったのだ。かすかに草の香がする程度のさわやかさなのだ。
これはまさしく季節を楽しむ山の味覚だ。野趣というほど野性味が強くない。もっと上品な味わいの食べものだ。
孫六さんの切る蕎麦はとても細くて繊細だ。見事な手さばきで、あっという間に十数人分を切ってしまった
緑色のそばをよく見ると中につぶつぶが見える。それが久々に復活した水窪伝来のこうぞ蕎麦だ
ゆであがりはさらに緑色が美しい。のびないうちに急いで食べよう
最初はつゆにつけないで蕎麦の香りと食感を味わうといい。
次に先端だけをつゆにつけ、次は半分つけ、最後は全部ひたして、
という風に徐々につけていくといろいろな風味を楽しめる
北遠の山々は懐が深く、そこに暮らす人々は大らかだと前回も書いた。
自然はひとたび怒れば恐ろしいが、ふだんは私たちにいろいろな恵みを与えてくれる。雨もよいの日だったが、山の風景は雨に濡れて目にも鮮やか。近くの川の流れや木々の葉擦れの音が涼やかで、樹木からいただいた葉を食べればさわやかな香り。五感を通じて心が解放された。
自然の怖さを知りつつも、自然の恵みを精一杯いただく方法を考え、静かに伝えてきた山の人々。私はその丁寧さと大胆さに心惹かれるのだとあらためて思った。
週末の一日、緑豊かな山里を眺めながら新東名をドライブして、水窪で時間が止まったような山の暮らしを体験、まだ明るいうちに帰宅する。何というぜいたくだろう。自然が多く残る静岡に住んでいてほんとうによかったと思える瞬間である。
こんな週末にご興味をもたれた方はぜひ「プロジェクトZ」で検索してみてください。
Tamara Press 平野斗紀子
Posted by eしずおかコラム at 12:00